人は選択肢が多すぎると逆にうまく選択できなくなる

価値観が多様で物があふれる社会で、私達の選択肢というのはなかなか豊富です。

生き方から日々の買い物まで私達はたくさんの選択をします。

人生はその人の選択によってつくられています。


選択肢が多いということ


選択肢が豊富にあるというは一見良いことのように思いえます。

しかし、はたしてそうでそうしょうか?

こんな心理学の実験があります。

被験者にジャムを試食してもらい、気に入った物があれば購入してもらうというものです。

Aグループには7種類のジャムを試食してもらいました。
BグループにはAの7種類のジャムに加え17種類、計24種類のジャムを試食してもらいました。

実験の結果、ジャムを購入した人の割合はAグループのほうが多かったそうです。

いろいろなジャムを試食できて、たくさんの中から選べたのはBグループのはずでした。
単純に考えれば選択肢が多い方がその人の好みの物に当たる確率も多く、故に購入者も多くなりそうです。
しかし実際は違うです。

選択肢が多すぎることは、必ずしも私達により良い選択をさせてくれるわけではありません。

特に意思決定をする上では、多すぎる選択肢はかえって邪魔になります。


程よい選択肢


私達に必要なのは程よい選択肢の中ら選ぶということです。
多すぎれば、人は選択疲れをしてしまいます。

比較対象が多すぎてその物の特徴がわからなくなっていくのです。

多すぎる選択肢を吟味するのは苦行です。
程よい選択肢から好きなものを選ぶのは楽しものです。

情報を適切に取捨選択し、程よい数に設定する。
そんな心地良い選択が意思決定には重要です。


足るを知る


様々なものがあふれる時代。
「足るを知る」という価値観もある意味重要です。

人は身体も脳も有限なので、人が認識できる範囲も有限です。
無限に何かがあってもそれを消費することはできません。
それは選択においても同様です。

人間は瞬時に同時に把握できる数というのが決まっています。
電話番号も数字を3~4つずつハイフンで区切りますよね。

もしも何かを選ぶなら、選択肢は3~4つ、多くても7つ前後くらいにしておくのがいいのかもしれません。

無数にあるものの中から選んだからといって、必ずしも適切な意思決定ができるとは限りません。
選択疲れは決めることができなかったり妥協の選択をしがちです。

逆に少ない選択肢は種類こそ少ないものの、
一つ一つを吟味できるので選択した後の後悔が少なくてすみます。

何を選ぶかも重要ですが、
どのような中からどのように選ぶのかも同じくらい重要なのです。