今日は、初めて観る人用にできるだけネタバレを避けた内容で「涼宮ハルヒの憂鬱」という作品について書いていきます。
「涼宮ハルヒの憂鬱(アニメ)」は同名のライトノベルが原作のアニメです。
ライトノベルとは挿絵やイラストが多くして読みやすくした小説のことです。
アニメにおける「涼宮ハルヒの憂鬱」の作品は、
・アニメ1期
・アニメ2期
・映画
となっています。
アニメ1期が初めてのアニメ化。
アニメ2期は、1期の話に新しい話を加えた形で放送されました。
そのため1期と2期では話が一部ダブります。
これから初めて観る人は2期のみ観ればアニメは網羅できます。
映画は「涼宮ハルヒの消失」というタイトルになっています。
映画はアニメの話を踏まえた上でのストーリー構成なのでアニメを観た上で観ないと内容がわかりません。
「サンタクロースはいない」「宇宙人なんて存在しない」などなど。
年相応に現実的な男子高校生、「キョン(あだ名)」。
彼が主人公にあたります。
彼が高校に入学し同じクラスになったのはひときわ異彩を放つ女生徒「涼宮ハルヒ」。
涼宮ハルヒの憂鬱はキョンと涼宮ハルヒを中心に展開される物語です。
「平凡な日常はつまらない」
「日常の中で宇宙人が現れたり超能力を目の当たりにしたり未来から誰かがやってきたりしたらおもしろいだろうなあ」
誰しもがふと思うことですね。
涼宮ハルヒが周囲の人と違うところは、そういった「非日常を望む気持ち」を豪語し実際に行動に移すこと。
その言動は例えば夜の学校の校庭に忍び込んで宇宙人に向けてグラウンドにナスカの地上絵ばりの落書き(?)をするほどの異質っぷり。
そんな個性的な女子高生、涼宮ハルヒに常識的ではありながらもどこか押しに弱いキョンは振り回されていくわけです。
涼宮ハルヒはキョンと雑談をする中で、自分で部活を作ることを思い立ちます。
その部活の目的とは、「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと」。
つまり今まで一人で非日常なことを探していた涼宮ハルヒは「仲間と共に」非日常なことを探すことにしたわけです。
当然、キョンはその部活の最初の部員となるわけです。
部活の名前はSOS団。
「世界を(S) 大いに盛り上げるための(O) 涼宮ハルヒの(S) 団」という非常に安直なネーミング。
なぜ涼宮ハルヒがSOS団という名前を思いつくに至ったかは、アニメおよび映画を観ていく中で明らかになります。
涼宮ハルヒには本人も認知していないのですが、不思議な力があります。
涼宮ハルヒは「こうなったらいいなぁという望みが現実に起こる力」を持っているのです。
ただでさえ「宇宙人に会いたい」「未来人に会いたい」と非日常なことを思っている涼宮ハルヒです。
涼宮ハルヒの動向によっては世界はめちゃくちゃになるリスクを抱えているわけです。
涼宮ハルヒがそう望んだのか、あるいは涼宮ハルヒによって世界がめちゃくちゃになる可能性を恐れたためか、彼女の周りにはたくさんの特殊な人間が集まることになります。
ただでさえ個性的な思考を持つ涼宮ハルヒが自分の不思議な力に気づいたら世界はいよいよどうなるかわからない。
彼女を刺激しないように、世界を安定に保つために、
宇宙人・未来人・超能力者達それぞれの組織が微妙な距離感を保ちながら物語は進行していくわけです。
涼宮ハルヒの不思議な力を、
超能力者達は「想像を現実にする力」と捉えています。
未来人達は「強力な予知能力の一種」と捉えています。
宇宙人達は「有機生物の新たな進化の可能性」と捉えています。
普通の高校生であるキョンと同様に、卓越した存在である彼らにも涼宮ハルヒの力は解明できていないのです。
物語の最初のほうは「学園コメディ」と捉えられがちな内容ですが、その実はSF的要素を含んだアニメとなっています。
未来人が出てくる物語なこともあり、
涼宮ハルヒの憂鬱は様々な時系列に伏線が散りばめられてあり、それらを回収していくことがおもしろいアニメでもあります。
その一方で、ライトノベル、つまり小説が原作であることもあり
哲学的な命題や登場人物たちの心情の変化なども考えさせられる内容となっています。
冒頭で述べた通り「涼宮ハルヒの憂鬱」には映画である「涼宮ハルヒの消失」があり、
アニメと映画をセットで観ることできれいに伏線が回収でき楽しめる内容になっています。
もっと詳しく:涼宮ハルヒの憂鬱を初めてアニメで観るときの順番