甘利田幸男(あまりだゆきお) 名言集|おいしい給食 season2

 ドラマ「おいしい給食」に関するページです。
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甘利田幸男の名言(season2)

おいしい給食 season2 最終話「秋は、栗ご飯とともに」(TVer)より引用

 「おいしい給食 season2」における、甘利田幸男の名言を見ていきます。



解説

子供は予防を怠る。だからこうして大人が強制をする

 子供は予防を怠る。
 だからこうして大人が強制をする。
 その強制を馬鹿にする人間を、私は許さない。
 そういう自己中心的な人間は将来必ず人に迷惑をかける。
 あれこれ心配してもらえるのが当然と思っているからだ。
 感謝できない人間は、社会生活を営めない。

おいしい給食 season2 第1話「餃子とわかめと好敵手」(TVer)より引用

 ぎょう虫検査に際しての甘利田の言葉。

 「強制を馬鹿にする人間」が「あれこれ心配してもらえるのが当然と思っている」という着眼点は、一考に値する深いシーン。


でもちっとも楽しそうじゃない

甘利田「先生は、学年主任として、責任感を持ってよくやってると思います。
 でもちっとも楽しそうじゃない」

宗方「仕事は楽しいことばかりとは限りません」

甘利田「それにしても笑っていない。
 前にも言いましたが、先生が1組の給食に入る日、クラスの笑顔が増えています。
 先生は、どうですか?」

おいしい給食 season2 第8話「ミルクを制する者」(TVer)より引用

 フルーツ牛乳をもらって上機嫌な甘利田と、鏑木・甘利田の関係性に葛藤する宗方。


負けを認めると、意外に早く、立ち直ります

宗方「私は、学年主任を楽しむなんて考えたこともありませんでした。
 自分に自信がないんだと思います。理解できないものは、全部否定しないと不安なんです。
 こういう感情、先生にはわかりませんよね」

甘利田「いえ、そんなことばっかりですよ。
 しかしそういときは、受け入れるようにしています」

宗方「受け入れる?」

甘利田「負けを認めると、意外に早く、立ち直ります」

おいしい給食 season2 第8話「ミルクを制する者」(TVer)より引用

 駄菓子屋での会話。
 「負けを認める」や「自分と向き合うこと」と、すももづけの酸っぱさが比喩的な演出になっている名シーン。


今を生きることにこそ、意味がある

 何があろうとも、目の前の給食には、なんの罪もない。
 先のことはいい。今を生きることにこそ、意味がある。
 そうじゃなければ、私は、私ではない。

おいしい給食 season2 最終話「秋は、栗ご飯とともに」(TVer)より引用

 教師だけ弁当になる提案を鏑木からされ、絶望する甘利田。
 しかし生徒達に勇気づけられ(校歌を甘利田に歌いかける)、今に集中します。


人は少しずつ、自分の心を満たすものを増やしていく

 人は少しずつ、自分の心を満たすものを増やしていく。
 私は図らずも、いい人達に囲まれていたの、かもしれない。

おいしい給食 season2 最終話「秋は、栗ご飯とともに」(TVer)より引用

 最終話。甘利田、神野、宗方、お春で駄菓子を食べるラストシーン。



season2の名言集

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