なぜ学校に行って勉強しなければいけないのでしょう?
学校に行って勉強することの目的やメリットを書いていきます。
ポイントなのは、
あくまで理由を書くだけだということです。
学校に行くべき、勉強すべきと言うのではありません。
学校に行きたい人は行けばいいし、勉強したい人はすればいい。
それは個人の自由なのです。
大切なのは自分で情報を集めて考えて選択することです。
学校に行って勉強する理由は教育学上、2つあります。
一つは人的資本。
もう一つはシグナリングです。
人的資本とは平たく言うとその人が蓄えている能力や知識などのことです。
学校で勉強する理由の一つは人的資本を増やすこと。
つまり知識や能力を身につけることです。
一番わかりやすい例は読み書き計算でしょう。
読み書き計算ができるかできないかは将来にすごく影響しますよね。
学校に行って勉強することの理由にシグナリング理論というものがあります。
シグナリング理論とは平たく言うと「自分のブランドを高めるため」ということです。
勉強自体に意味はなく、その学校できちんと卒業できたということが価値になるという考えです。
箔がつくということですね。
よく、「こんな勉強しても将来なんの役にもたたない」というセリフがありますね。
確かにその勉強自体が役に立つかと言えば役に立ちません。
ただ、そう言って途中で投げ出す人とそうは言っても真面目にコツコツやる人が同じ人生を歩むかというと違うわけです。
前者は合理的に仕事をこなす場面で活躍するでしょうし、
後者は真面目にコツコツやることが必要とされる作業で高い評価を得るでしょう。
定められたカリキュラムをこなせるか否かというのは、それだけでその人を評価する材料になり得るのです。
例えば海外だと高校を卒業した人と高卒認定の資格試験のみ受けた人とでは、
IQは同じくらいですが年収に差があるというデータもあります。
学校とは知識や技術だけではない数値化できない能力を見定める場所でもあります。
人的資本とシグナリングはどちらが正しいというわけではありません。
これらが両方混ざり合って教育機関は成り立っています。
しかしながら傾向としては
低年齢の学校ほど人的資本の傾向が強く、
年齢が高くなるほどシグナリングの恩恵が大きいです。
小学校の頃は読み書き計算などすぐに使うことを学ぶことが多いですね。
一方、大学やそれ以降になってくると大卒という学歴やそこで取れる資格が目的であったりします。
学校に行くなら、自分が人的資本を目的とするのかシグナリングを目的とするのかを自覚して学ぶ必要があるでしょう。