「嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」がおもしろかった【レビュー】

今更ですが、DVDで映画クレヨンしんちゃん「嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」を観ました。おもしろかったです。


あらすじ


西部劇の映画の世界に閉じ込められてしまったしんちゃん達。
そこは終わりのない映画の世界で、無限の時間を過ごす中で人々は現実世界の記憶を忘れていってしまう。

しんちゃん達は記憶を失わないようにもがきながら、元の世界へ戻るべく奮闘していく。


観終わってみて


「嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」、おもしろかったですね。

クレヨンしんちゃんの映画はけっこう好きで、いくつか観てきたのですが、これはちょっとおもしろさの角度が違う感じ。

何が違うのかなあと考えると、
伏線の散りばめ方が丁寧で豊富だというところ。


ヒントが散りばめられている


従来のクレしん映画もおもしろいし感動もするのですが、
ストーリー自体は悪の敵が現れて、しんちゃんに味方する存在がいて、目の前の問題を解決していって、ハッピーエンド。あくまで時系列にそって新事実が出てきてそれがしんちゃんを救っていくという感じ。

対して「夕陽のカスカベボーイズ」は物語序盤から問題解決につながるヒントが散りばめられ、それをしんちゃん(および家族)が謎を解くように集めていく。

そのストーリー構成は大人が見ていてもおもしろい。


映画の世界から出るにはどうしたらいいか


あらすじにある通り、今回しんちゃん達は映画の世界に閉じ込められてしまいます。
そして「映画の世界から出るにはどうしたらいいか」を模索するわけです。

映画で「映画の世界から出る方法を探る」のがメタ的でまずおもしろいのですが、

この「映画の世界から出る方法」を観る側も考えていくわけです。
そして出る方法のヒントが、物語のいたるところに伏線として潜んでいます。


「ああ、そうだったのか」という感覚


「物語が伏線を回収しながら進んでいく」という点が他のクレしん映画に比べて「夕陽のカスカベボーイズ」は顕著に感じます。

この「ああ、そうだったのか」という感覚が楽しい。


丁寧な伏線


もちろん、伏線が豊富な映画というのは他にもあって、
クレしんはあくまで子供向け。

だから「巧みな伏線」がこの映画の魅力かと言うと厳密には違っていて、
「夕陽のカスカベボーイズ」の魅力は子供でもわかるような丁寧な伏線の入れ込みであると考えます。



絶妙な伏線


伏線があることで映画はストーリーにつながりや一貫性が生まれ、ご都合主義じゃないきれいにまとまった話になります。

伏線はわかりやすくしすぎるとバレバレでおもしろくない。
逆に難しすぎると読みとれず伏線として機能しない。

往々にして子供向けに伏線を作ると、わかりやすくしすぎて大人どころか子供にバレバレなものになってしまうんですよね。

このように考えると、
「夕陽のカスカベボーイズ」の伏線はほんとに絶妙です。


「なるほど!」と思える楽しさ


「夕陽のカスカベボーイズ」はバレバレにならない程度にちゃんと「これが伏線になるな」とか後で「あ、あのときのはこのためだったんだ」と気づけるように作られています。

子供や、普段映画をあまり観ない大人でも、「なるほど!」と思える楽しさがあります。

こう考えると、「夕陽のカスカベボーイズ」は映画初心者の大人でも楽しめる内容と言えます。


しんちゃんと風間くんの友情


「夕陽のカスカベボーイズ」が見事な伏線回収だけでなく、しんちゃんとその友達(風間くん)の友情も観どころです。

あらすじの通り、映画の世界で少しずつ記憶をなくしていくしんちゃんたち。
次第に友達のことも忘れていってしまいます。

この記憶と友情を取り戻す過程も泣ける感動シーンです。

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